「事業計画はスタートアップにとって、ステークホルダーに協力を仰ぐための優れたツールである。」
そう語るのは、Salesforce Venturesの日本代表パートナー、浅田賢さんです。
Salesforce Venturesといえば、これまで多くのSaaSスタートアップを支援してきました。今回は、同氏に事業計画における重要なポイントについて伺いました。
<浅田賢 氏>
Salesforce Ventures 常務執行役員 日本代表パートナー
日本アイ・ビー・エムにてシステムズ・エンジニアとして通信会社、政府系公社の情報システム開発に従事。同社の戦略コンサルティング部門を経て2011年にインテル株式会社入社。インテルキャピタルにてベンチャー投資を担当。2019年にNTTドコモ・ベンチャーズに参画し、Managing Director就任。2020年にSalesforce Venturesの日本代表パートナーに就任。
三好:本日はよろしくお願いします!早速ですが、新規投資を検討する際、事業計画において重視するポイントを教えてください。
浅田賢氏:はい。主にMRRの成長とChurnを見ています。
具体的な数値で言うと、アーリーステージであれば、MRRが前月比+10%程度あれば理想的です。単純計算すると、MRRが1年間で3倍になりますね。
また、スパンも大切だと思っています。プロダクトを立ち上げてから、どのくらいでARRが5,000万円-1億円になっているのか確認しています。
Churnに関しては、ARRが5,000万円くらいになるまでは高いことが多いです。なので、数値よりもChurnの理由を深掘りできているかどうかを重視します。もちろん、ステージが進んで行くに連れて、Churnが改善しているかどうかもチェックしていますね。
三好:Churnはどのくらいが望ましいですか?
浅田賢氏:もし、PMFできているフェーズであれば、1%台が望ましいですね(エンタープライズ向けの場合)。
ただ、月間契約なのか、年間契約なのかでも意味合いが変わってきます。アーリーステージで年間契約のみ提供している場合、更新イベントをまだ迎えていない可能性があります。
また、契約しているけど利用していないユーザーがいる可能性もあるため、そこは慎重になりますね。
アーリーステージであれば、月間契約をメインにして、フィードバックを丁寧にもらいながらプロダクトを改善していく方が、確実にPMFに近づけるかと思います。
三好:なるほど。「T2D3」などのアグレッシブな事業計画を見た場合、その蓋然性はどのように確かめていますか?
浅田賢氏:やはりMRRとChurnを深掘りすることが多いです。
MQL、SQL、商談、トライアル、成約など、各ファネルのCVRをみて、無理のない範囲に設定されているかを確認しています。
また、セールス&マーケティングの効率性も重視しています。人を採用しすぎていないか、広告宣伝費をかけすぎていないかなど、健全な水準かどうかをチェックします。
Churnに関しては、これから改善できるという話であれば、なぜそう言えるのか深掘りすることが多いです。
Churnになった理由をヒアリングし、それに対処できているかどうか。顧客セグメントを間違えていた場合、それを把握して、正しいセグメントへアプローチできているかどうかを見極めます。
また、前回ラウンドにおける事業計画を見せてもらうこともあります。目標を達成していれば素晴らしいですし、未達だったとしたら、そのギャップをどのように捉えているのかを確認しますね。
三好:Churnの話と関連しますが、CSへの投資はどのくらいのフェーズから行うべきでしょうか。
浅田賢氏:PMFが見えてきたくらいからが適切だと思います。具体的には、ARRが5,000万円を超えて、1億円を目指すくらいのフェーズでしょうか。
三好:なるほど。PMFの定義は国やVCによってもさまざまですが、浅田さんにとって、どうなっていたらPMFしていると言えますか?
浅田賢氏:ARR1億円が1つの目安ですね。ただ、そこはケースバイケースです。
ARRが1億円になっていてもChurnが高止まりしていたり、1億円から伸び悩んでいると、まだPMFしていないと感じることもあります。
逆に、ARRが1億円に到達していなくてもPMFしていると感じることがあります。
例えば、カスタマーインタビューの結果がとても良いケースなどです。NPSがとても高かったり、CSへの満足度が高いと、ポジティブに受け止められますね。
また、他社の従来製品と比較をし、そのプロダクトの優位性が確認できれば、PMFしているなと思うこともあります。
(インタビューに答える浅田賢氏)
三好:ありがとうございます。事業計画以外だと、投資検討時にどのような点を見ることが多いですか?
浅田賢氏:主にプロダクト、チーム、市場を見ています。弊社プロダクトとのシナジーも確認するので、特にプロダクトが重要ですね。
プロダクトを見極める上で、自分自身がユーザーになれそうなものに関しては、実際に使ってみて、UI/UXを体験しています。
逆に、DevOpsなど、自分がユーザーになれなさそうなツールに関しては、カスタマーインタビューを通じて顧客満足度を確かめたりします。
なぜそのプロダクトを選んだのか、競合はどこと比較したのか、不満はないか、経営陣や営業・CSに対してはどう思っているかなど、率直な意見をヒアリングしています。
三好:ここからは既存投資先について聞かせてください。投資先の事業計画はどのくらいの頻度で確認していますか?
浅田賢氏:事業計画とMRRの進捗状況を毎月見比べて・・・みたいなことは流石にしていないです。しかし、MRRの伸びやChurnの理由などは、毎月ヒアリングしています。各種CVRを報告してくれる企業もあるので、その変動もチェックしていますね。
また、これは当たり前かもしれませんが、ランウェイや次の調達タイミングも把握するようにしています。MRRの伸びから、次回ラウンドで投資家探しに苦労しそうなのか、そうではないのかを予めキャッチしておくことで、早めに支援することができます。
そして、毎月ではないですが、採用の進捗を確認することもあります。やはり事業を伸ばすためには、セールスやエンジニアをはじめとする優秀な人材が欠かせません。
三好:目標が未達になってしまうパターンがあれば教えてもらえますか?
浅田賢氏:正直に申し上げると、未達のケースの方が多いです。笑
典型的なケースとして、ARRを1億円から3億円まで伸ばせないパターンをよく見てきました。
ARR1億円までは、市場やプロダクトが間違っていない限り、創業メンバーでトップ営業していれば到達することができるんですよね。ただ、そこから伸び悩むスタートアップはよく見受けられます。
理由は、営業の ”型” 化ができていないことです。ARRが1億円になったら、営業を採用し、「The Model」のような型を作ることが重要です。
そうすれば、創業メンバーのトップ営業に頼らずとも、ARRを伸ばる可能性がグッと高まると思います。
三好:なるほど。他にはありますか?
浅田賢氏:Churnが高止まりしているケースも見かけます。
要因としては、顧客セグメントが間違っていることが多いですね。そのため、受注はできても契約更新されず、解約されてしまいます。
また、セグメントがフィットしていないと、既存顧客からのExpansionに苦労することになります。
全く脅す訳ではありませんが、ARR2-3億円を超えるくらいまでは、安心しないほうが良いかもしれません。
三好:逆に、目標達成しているスタートアップに当てはまるパターンはありますか?
浅田賢氏:全てを挙げていたらキリがないですが、採用が上手くいっており、チーム作りができている企業ですね。
優秀な人材が入社し、創業者からしっかりと権限移譲され、先ほど申し上げたような営業モデルができている企業は、やはり目標達成している傾向にある印象です。
また、多方面でPDCAサイクルを高速に回せている企業も強いですね。セールスのやり方、Churn改善、プライシングなど、打ち手の効果を検証し、次のアクションに繋げられる企業は、自ずとトラクションもついてきます。
三好:なるほど、ありがとうございます。最後に、日本のSaaS起業家に向けてメッセージをお願いします!
浅田賢氏:まず、事業計画は自社の立ち位置を投資家などのステークホルダーへ示す上で、とても良いツールだと思います。
スタートアップは、事業を伸ばす上で、いかに協力者を増やすかが重要ですよね。投資家に対してヘルプを求めるという意味でも、事業計画は大切だと思います。
とはいえ、未達になることもあるかと思います。ただ、「達成できなかったので来期で挽回します!」ではなく、一旦、立ち返って考える必要があると思います。
具体的には、未達の原因を掘り下げていくということですね。Churnが想定以上に高かったのか、CVRが悪かったのか、競争環境が変わっていたのかなど、振り返って改善することが最も重要です。
最後に、SaaS市場についてですが、日本は今後、アメリカのように未上場でARRが3桁億円のユニコーン企業が続々と誕生してくると思っています。
そのようなスタートアップは総じて、KPIドリブン。つまり、事業計画をきちんと立てて、それをアクションプランに落とし込み、効果測定までできている会社だと思います。
日本からそのようなユニコーンを1社でも多く輩出するべく、全力で支援したいと思います。ぜひ、Salesforce Venturesと共に日本のSaaS市場を盛り上げていきましょう!
三好:素敵なメッセージをありがとうございました!
浅田賢氏:こちらこそ、ありがとうございました。
Interview & Text by kakeru miyoshi(@saas_penguin)
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